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2013年12月 3日 (火)

元気クラブと講演会

017遂に12月になった。2日月曜日は久しぶりに元気クラブに参加した。10月には予科練記念会へのバス旅行だったが、普通の行事としては9月2日以来の参加である。五〇人近い出席者で、新しく参加した方もいて男性も5名になった。体操の指導者もHk先生が交代して若い方になっていたが、まだ名前を覚えられない。Og先生は変わらず指運動でからかわれる。今日は新聞紙を丸めて紙ボールを作り、真似事ゴルフをやるところで、私は失礼した。早目の昼食をして、着替えをして駅に向かった。
返仁会茨城支部と日立技術士会の共催の講演会が日立化成の山崎工場で開催された。工場見学は都合でビデオでの製品紹介となったが、実に多彩な製品を心がけている。前途有望と感じた。
講演は先ず 
関西大学 小沢 守教授の「TM1-2、1-FuKusimaから見た原子力安全のあり方」で1時間ほどの講演であった。内容が十分検証され、報告書もしっかり出ているTreeMile原発事故の話が大部分だった。この時も原子炉容器の中の水が減少して沸騰したため、見掛けの水位計の針が高く表示されていたのをみやまった。水が減ったのは定期点検のためにバルブを閉めたままになっていたのを忘れて運転したのだ。監視盤には名札がぶら下がっていて表示ランプがよく見えなかったというミスだった。
当時我が国の原子力安全委員長などは 「これは人災というべきもので、我が国では有り得ない事故である」と発表したが、Hukusimaでも自動循環冷却器の弁が締まっているのを誤認していた。誰もそれが動作した時の音や状況を知らなかった。模擬訓練はしていても実機での訓練はしていなかった。
またカーター大統領はXY氏を指名して対応の全責任をまかせたが、日本の菅首相は自ら現地視察をして寧ろ邪魔をしたようなものだった。まだ日本ではしっかりした報告も出ていない。
次いで 東京大学 副学長の北森教授の「第3の死の谷と生き残りをかけた人材戦略」という講演がやはり1時間少しあった。
新規製品の開発過程で、基礎研究からプロトータイプの製作の間が第1の死の谷、次が製品製作の間、更に市場開拓の間が第3の死の谷である。先生が実際とりくんでいる流体物質のマイクロチップで、例えば血液分析器は現状五千万円で大病院か専門測定所にしか設置できないのを目標一〇〇万円でやると大学が取り組んでいる。
少子高齢化の日本では博士の数が今でも少ないのに益々すくなくなる。そのためにアジア地区などから優秀な学生に入学してもらって、東大でも生き残りをはかっていると紹介された。
懇親会席上で技術士会のNg氏から女性技術士(部長)さんを紹介されたが、名刺を切らしたとかいうので私の名刺をわたしたが、メールが来るかどうか?6時45分くらいでお開きになった。電車とタクシーで帰宅した。

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